2016年 アメリカ大統領選挙
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「予想外だったトランプ勝利 」
トランプの勝利は本当に予想外だった。クリントンが2対1の割合で勝つとほとんどの人が思っていたし、ネットの世論調査でもクリントンがほとんど常に上回っていた。トランプの大統領選出馬は、彼のあまりの暴言の多さに私はジョークと思っていた。メキシコとの国境に壁を作るとか、イスラム教徒の入国禁止、メキシコ人はレイピストだ、違法の移民者を皆強制送還する、地球の温暖化は中国がでっちあげた嘘など。上院も下院も共和党が圧勝しマジョリティを占め、進歩的テレビ、ラジオのトークショーホストのThom Hartmann(トム・ハートマン)は、あと一つの州が加われば、共和党は憲法を変えることができると番組でいつも警告している。
投票日の翌日、ユダヤ人の友達と話した。彼女はとても政治的であり、活動家で、トランプの勝利はあまりの打撃で15年前にパートナーが亡くなった時に匹敵する程のショックだと言った。彼女のパートナーは大腸がん末期と診断され、抗がん剤を受ければ2-3ヶ月は持つだろうと医者に言われ、手術後抗がん剤を受けたが、そのせいでわずか3日後に50代の若さで突然亡くなったのだ。その時の彼女の心の痛手ははかり知れない。「世論調査でも投票所出口調査でもクリントンが上回っていたのだから、絶対にこれは詐欺行為があったに違いない。正当な選挙がなされていない」とものすごく怒っていた。彼女は予備選ではもちろんバーニー・サンダースを支持していた。
同じ日、私もトランプの勝利演説を車の中で聞きながら、「嘘ばっかり言いやがって!!、ちきしょう!!何でこんな男が大統領になったんだ!!」と一人罵倒し、あまりに悔しくて涙が出てきた。何であんなセクハラ男で、犯罪者で、社会的良心に欠けて、ナルシストでモラルの無い人が大統領に選ばれたのか? 祖父、父の代から詐欺とゆすりと人種差別で富を増やした悪の権化のような人が。
トランプの祖父は性風俗業を大幅に手がけて大儲けした。アメリカ・フォークソング界のパイオニアのWoody Guthrie(ウディ・ガスリー、1912-1967年 This land is your land{わが祖国}が代表的な歌)がFred Tramp(フレッド・トランプ。トランプの父)について“Old man Tramp”という題で歌を書いていることが、Woody Guthrieについて本を書いているイギリスの学者によって発表された。ガスリ-は、自身労働者階級であり、常に声無き人々、貧しい人々、権力を持たない人々の為に戦った。彼は1950-52年の間ブルックリン(ニューヨーク州の区の一つ)のアパートに住んでいたことがあり、このアパートの大家がFred Trampであった。彼は黒人にアパートを貸すことを拒否し、白人ばっかりの地区で人種差別的な強い敵対感情を煽って経済的利益を得ていた。ガスリーは実際にそれを目にしていたので、そのことを歌に書いたのだった。
「この国にはもうデモクラシーなど存在しない」
今回の選挙はlesser of 2 evils(2つの悪のうちの小さい方)に投票することを有権者は迫られていた。クリントンはオバマのようには人気がなかった。選挙戦が接戦になると共和党はいろんな作戦を使って、投票を盗む作戦を練る。オバマは人気があったのでこの作戦は通用しなかった。ブッシュとアル・ゴア、ブッシュとジョン・ケリーの大統領選の時に投票用紙が共和党によって盗まれたことはすでに経験済みである。この国にはもうデモクラシーなど存在しないということが、またしても明るみに出た選挙だった。Red state(赤い州。共和党を支持する傾向のある州)で共和党が黒人、ラテン, アジア系の投票所のコンピューターをハッキングしたことも伝えられている。あるアジア系団体の報告によれば、似たようなアジア系の投票者名が並ぶリストの中で、8人に1人の名前が消されていたそうだ。
ロシアの首相、プーチンがハッキングをして、トランプの勝利に貢献したというニュースも最近出て来ている。CIAもFBIも信憑性を認め、オバマはこの件に関して調査すると言っている。トランプはエクソン・モービルのCEO(最高経営責任者)で会長のRex Tillerson(レックス・ティラーソン)を国務長官(外交を担当する閣僚。日本の外務大臣に相当する)に正式に推薦している。Rex Tillersonは、プーチンと密接なつながりがある。ロシアのウクライナへの介入の為、オバマが制裁を課していて、それが取り除かれると、エクソン・モービルとロシア国営の石油会社、Rosneft(ロスネフチ)がパートナーシップを結ぶことができ、歴史上最大の石油取引になると言われている。プーチンがトランプに大統領になってもらいたい理由がここにある。
コンピューターによるハッキングは正当な選挙をすることを大幅に阻んでいるが、隣のカナダでは投票数を数えるのに時間がかかるが、今でも紙の投票用紙を実行しているそうだ。アメリカでも紙の投票用紙に戻るべきだとバーニー・サンダースは言っている。
まだ他にもトランプの投票獲得に貢献した事実がある。今回の選挙では2012年の選挙以来、半世紀で初めて868の投票所が消失した。最高裁がVoting Rights Act(投票権法:黒人や少数民族の選挙権保障を目的とする法律。1965年成立)の実行力を失くしたからである。テキサス州、アリゾナ州、ノース・カロライナ州など歴史的に人種差別の強い州で大規模に投票所が減らされた。その為に投票者はどこで選挙したらいいか分からなくなったり、何時間も列に並ばなければならなくなり、諦めて投票しないで帰った人も多くいた。このことについては別の機会に詳しく書きたいと思う。
ヒラリーはPopular vote(実際の投票数)では、ほぼ3百万票トランプより多く得たが、Electoral vote(選挙人投票)で負けた。このElectoral voteというのが問題で改正しようとする運動がいつもあったが共和党によって阻まれてきた。1824年に制定された時代遅れの選挙のやり方である。アメリカの大統領選挙は予備選も本選も間接選挙である。有権者は自分が支持する大統領候補に投票すると誓約している「選挙人」を選ぶ。選挙人の数は州によって異なり、アラスカなどの最低人数3人から、カリフォルニアの最高55人など様々である。選挙人は合計538人で、選挙人投票でその過半数の270人以上を獲得した人が大統領になる。トランプは選挙人投票で306票を獲得し、クリントンは232票だった。
「白人労働者の多くはトランプ支持、白人以外の大多数はクリントン支持」
今回トランプが勝利した理由は白人の労働者階級の票を多く得たのが大きいと言われている。全投票者に占める白人投票者の割合は1996年には80%だったが、2016年には70%に減った。それでもまだまだマジョリティである。トランプは白人男性の63%の票を得、白人全体では58%を得た。信じられないのは53%の白人女性がトランプに投票し、42%しかクリントンに投票しなかったことである。歴史上初の女性大統領が選ばれるかどうかと世界中が注目した選挙だったのに、これは一体どうしたことか。白人以外の人達は大多数がクリントンに投票した。黒人の88%がクリントンに投票したことは公民権が彼らにとって最も大切な問題であることを物語っている。
若い世代,(18-44歳)は圧倒的にクリントンに投票した。予備選ではMillennial(ミレニアル世代、1980年代から2000年代前半に生まれた世代)が圧倒的にバーニー・サンダースを支持し、若い人の間で大きな政治運動が広がっている。“Not our president!!”(私達の大統領では無い!!)というスローガンを掲げて幾つもの大都市で大きなデモがあった。多くの大学のキャンパスでもトランプ反対のデモがあり、高校生も授業をボイコットして、自分たちの抗議を示した。ちなみに私が長年住んだ、進歩的都市と言われているシアトルではトランプはわずか8%の投票しか得なかった。
選挙日の直前に、トランプからひどいセクハラを受けた12人の女性が名乗り出た。その中には13歳の時にレイプされた女性もいた。トランプがI grabbed the genital(女性の性器周辺を掴んだ)と得意になって話しているビデオ・テープも公開された。あんな男が当選するはずは無いと私はその頃には確信していた。女性たちは怒って当然なのに何故投票結果に表れなかったのか不思議でならない。特に白人女性に失望した。「男とは皆あんなもの。ロッカールームでの話しにしか過ぎない。実際にしているのでは無い。過去に起きたことで今では無い」と言って、無視する女性たちの声も聞いた。過去に起きたことだと言って無視する問題では無い。被害者の精神的痛手は一生続くのに、女性ならそのことが当然分かるはずなのに。トランプが当選した翌日、学校で男の子が女の子のGrabbed the genitalをする事件があった。男の子の言い分は、「大統領だってしていることを、なぜ僕がしちゃいけないんだ」だった。女の子の親は学校から子供を連れ帰った。
今まで民主党にずっと投票していた、労働組合に入っている労働者階級の人達の多くが、今回は転向して、トランプに投票した。2008年のオバマのスローガンであった“Hope!! Change!!” はNeoliberalism(新自由主義)の元、何も実現せず、人々の生活は改善されるどころか、労働組合は壊され、生活は不安定になり、仕事の機会も減少し、収入も減った。仕事を2つも3つも掛け持ちでやって何とか食いつないでいる人も多い。それどころか、自分たちの仕事が海外の安い労働力のある国に流れていき、仕事を失った人が大勢いる。オバマに投票した人達は欺かれ、トランプの言葉のみの、空っぽの”Make America great again!!(アメリカを再び偉大な国へ)“のスローガンに飛びついた。
「厳しい時代へ」
Noam Chomsky(ノーム・チョムスキー。世界的に著名な反体制派の知識人, 言語学者、作家、マサチュッセツ工科大学教授。88歳。天才的な頭脳の持ち主。1960年代にベトナム戦争とアメリカ帝国主義を批判して一躍有名になった)はアメリカは過去に, トランプが言うようなGreat(偉大、素晴らしい)だったことなど一度も無いと言っている。理由はこの国は二つの想像に絶する程の犯罪を基礎として生まれたからである。一つは先住民の根絶。もう一つは奴隷制度であり、世界史の中で最も残忍な歴史で、それによってアメリカ、イギリス、フランス、などの国が富と経済的発展の基礎を築いた。トランプはNeofacist(ネオファシスト. 第二次大戦後、アメリカやヨーロッパの国々に発生 した 右翼勢力。ファシズムやナチズムを信奉するような 思想や活動を展開する)だとChomskyは言っている。今まで歴史上に無かったほどの厳しい時代がやってくるとも言っている。理由は世界が抱えている二つの大問題、核戦争とEnvironmental catastrophe(環境の大破壊)の問題が11月8日(大統領選挙日)にもっと切羽つまった問題になったからであると。
メディアがトランプの勝利にいかに貢献したかについて、副大統領になる超右翼のマイク・ペンス(実際に彼が政治を取り仕切るらしい)がいかに恐ろしいかなど、次の機会に書きたいと思っている。
(アメリカ在住)
日本も同じです。嘘が嘘と明々白々なのに引きずられて行く、この訳のわからんおかしな不条理なヒステリックな感覚。TVではトランプのツイッターを報道しトヨタがどうした、アメリカ企業がどうしただのうるさい。もう政治(法が管理する世界)というより経済(大企業)が政治を乗っ取ってしまったのかと思う。これも世界(宇宙)の潮流ならせめてその先にある新しい価値観、希望を見たい。